建築家 金巻とも子氏 インタビュー
建築家 金巻とも子氏 インタビュー
『メゾンドタカヤ』に込めた想い
ペット可ではなく、安心・安全なペットとの共棲へ
大切にしているのは「ペット可」という条件づけではなく、安心・安全を前提としたペットとの共棲(共に棲む)という考え方。
動物の行動特性や本能を理解し、減災・防災も含めた暮らしそのものを建築として整えることを軸に設計を続けてきました。
今回、鈴与三和建物が施工を担当した『メゾンドタカヤ』は、企画段階から猫との共棲を前提に計画された賃貸マンション。
その設計思想について伺いました。
今回の計画は、どのような位置づけだったのでしょうか。
これまで猫と暮らす住宅の設計には多く携わってきましたが、建築企画・建築計画の段階から「猫向け」であることを明確なコンセプトとして掲げ、法規や容積率も含めて整理しながら組み立てた賃貸マンションは、本計画が初めてでした。
賃貸住宅は、運営方法や法的条件によって計画の自由度が変わります。
その中で、猫と人の暮らしを前提に避難経路やバルコニー計画まで整理し、建築確認申請に関わる部分も含めて猫の安全を反映できたことは、大きな意義があったと感じています。
「セーフティーバルコニー」について教えてください。
セーフティーバルコニーは、猫を閉じ込めるためのものではありません。目的はただ一つ、安心して窓を開けられる環境をつくることです。
猫と暮らす住まいでは、
- 飛び出し
- 転落
- 網戸破損
といった不安から、窓を開けにくくなりがちです。
しかし猫にとって、光や風、外の気配を感じることはとても重要です。
そこで、
- 隙間を原則3cm以下に抑制
- 避難経路として使わない前提で法規整理
といった検討を重ね、日常の換気と安全を両立する構造を実現しました。
これは災害時にも機能します。
停電時、特に夏場はエアコンが使えなくなります。
そのとき、安心して窓を開けられるかどうかが命に関わる問題になります。
「いつもを良くしておくことが、もしもに備えること」
それがこの設計の根底にあります。
室内計画で大切にされたことは?
大きくは二つです。
- 安心・安全
- 豊かなコミュニケーション
猫は空間を見渡せる高い場所に上り、環境をゆっくり観察できることで安心します。
そこでキャットウォークは単なる装飾ではなく、猫にとっての空間の仕切りとしても機能するよう設計しました。
高さを活かすことで空間の”数”が増え、猫は複数の居場所があることで安心につながります。
猫にとっては、人という大きな動物と家族として空間をシェアしている状況です。
猫が自分の都合の良いタイミングで人に近づけるように、猫の動線にある昇降路は人とふれ合いやすい位置に配置し、猫の立ち位置を確保しました。
この仕組みが猫の人とふれ合いたいという積極性を後押ししてくれます。そうした自然にふれ合える関係性が、暮らしの質を高めます。
トイレや匂い対策についても教えてください。
「動物がいるから臭いのは当たり前」という考え方は取りません。
匂いは健康管理の重要なサインです。
匂いが定着しにくい環境をつくることで、変化に気づきやすくする。
そのために、
- 調湿・消臭効果のある漆喰系仕上げ
- 換気しやすい窓配置(対角線通風)
- ねこトイレ位置を建築計画段階から確保
- 清掃しやすい動線設計
といった工夫を行いました。
トイレまわりでは、砂が生活空間に広がりにくいよう細かな納まりも検討しています。
見えない部分の積み重ねが、安心につながります。
素材選びで意識された点は?
壁には調湿性・抗菌性が期待できる漆喰系素材を採用しました。
カビや匂いの定着を抑え、住まい手と動物の健康維持に寄与します。
床材は滑りにくさや撥水性を重視しました。
そして、猫にとってはキャットウォークも床です。
動線上で急に滑りにくさが変わらないよう配慮しました。
高所であるので、走っても足を取られにくい環境を整えることが重要です。
キッチン周りの工夫については?
キッチンは火や刃物があり、猫が口にすると危険なものも多く置いてある危険な場所です。
しかし「柵」で囲うと檻のようになってしまう。
そこで、空気の流れを妨げず、外観のデザインとリンクした意匠として自然に見えるデザインを採用しました。
飼い主が常に神経を張りつめなくても、構造的に大事故を防げる住まい。それが理想です。
施工について、鈴与三和建物の印象は?
今回のプロジェクトでは、設計意図を理解したうえで施工に取り組んでいただいたことがとても印象に残っています。
建築の計画では、設計段階で考えた内容をどのように現場で形にしていくかが重要になります。
図面通りにつくるだけではなく、施工方法や納まり、材料の扱い方などを含めて検討する必要があるからです。
今回の計画では、漆喰系の壁仕上げや、隙間を3cm以下に抑えたバルコニー格子、曲線を用いたエントランス形状など、施工上の配慮が必要な部分が多くありました。
例えばバルコニー格子については、猫がすり抜けたり頭を入れてしまったりすることを防ぐため、隙間を3cm以下に抑える設計としています。
猫は体が柔らかく、わずかな隙間でも通り抜けようとすることがあるため、寸法管理が重要になります。
こうした条件は施工の難易度も高くなりますが、設計の意図を踏まえながら検討を進めていただきました。
また、曲線を用いたエントランスについても、平面図や立面図だけでなく、実際の空間としてどのように形をつくるかを現場で細かく調整していただきました。
三次元的に検討しながら丁寧に仕上げていただいたことで、設計のイメージをそのまま建築として実現することができたと感じています。
計画を進める中では、「できるか、できないか」という判断だけでなく、コストを含めて「どうすれば実現できるか」という視点で提案をいただく場面が多くありました。
施工方法の工夫や代替案の検討などを通して、設計と施工が同じ方向を向いて取り組めたことは大きかったと思います。
細部の納まりや部材の選定に至るまで、建物全体のバランスを考えながら調整が行われていた点も印象的でした。
設計と施工が丁寧に積み重なったことで、本計画の考え方をそのまま建築として実現することができたと感じています。
施工精度も高く、建築家として安心して任せられる体制だったと思います。
「ペット共棲住宅」に込めた想いとは?
私は「ペット可」という言葉を使いません。
共に棲むための住まいを整えることが本質だからです。
共用部の防汚対策だけではなく、動物が長く過ごす居住空間そのものを整える。
日常の安心が、災害時の安心にもつながる。
動物が本能的に「ここは安全だ」と感じられ、お互いに「一緒にいることが幸せだ」と感じる環境をつくる。
それが、安心・安全なペットとの共棲だと考えています。
最後に
都市部では、猫と暮らしたいというニーズは確実に増えています。
だからこそ、長く安心して住み続けられる設計が重要です。
『メゾンドタカヤ』は、猫と人が共に穏やかに暮らすための、一つの具体的な答えになったのではないかと思っています。
安全は、制限ではありません。
安心は、豊かさにつながります。
この考え方が、これからの住まいづくりに広がっていくことを願っています。